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加 賀 屋 緑 地
加賀屋新田会所跡
大阪市住之江区南加賀屋4-8
地下鉄四つ橋線「住之江公園駅」下車、南東に徒歩約15分
04.10.27(水)
≪加賀屋緑地について≫
(同所発行文書の要約)
江戸時代中期、宝暦4(1754)年加賀屋甚兵衛が建てた新田会所跡で大阪で行われた
新田開発に関する唯一の遺構を整備したものです。
宝永元(1704)年大和川の付け替え後、幕府は盛んに民間資本を利用して
木津川、大和川を中心とした大地干拓事業(新田開発)を推奨し、
町人の手と財力により開発が進められ、商人が経営に従事した。
新田会所は農地である新田を経営するための拠点であり、
また、市内に住む商人たちの別荘で庭や茶室が設けられ、
文人との交流などが盛んに行われたサロンでもあった。
大阪市内では、他に市岡新田(港区)春日出新田(此花区)津守新田(西成区)等があって、
約2000町歩(19.8平方キロメートル)
石高にして1万5千石の新田開発が行われた。
しかし、残念なことに会所跡は市内において加賀屋新田会所跡が唯一残るだけとなった。
敷地内には幽雅な遠州風の築山林泉式庭園や旧書院、鳳鳴亭と呼ぶ数奇屋風茶室
が現存している。
庭園は複雑な形状の池を中心とした回遊式で四阿(あずまや)、待屋を配し
茶室に至る路地の役割を果たす園路が庭内をめぐっている。
その他、歴史的価値のある書画、文献、民具、農具等がある。

 [ 入口案内板]
 [ 入口正面と扁額]
 [ 入口右側の石碑]
 [ 外東から邸内] 「加賀屋緑地」の表示
[以下 邸内の風景]

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